この物語は城陽でのワイナリー設立という一大プロジェクトを自ら手がける松本真氏を記者が追い、記者の主観で描いていく現在進行中のストーリーである。
2021年は春先からブドウが病害に見舞われ、雨が幾日も降り続き、ほとんどの実が腐敗した。更に収穫直前の大切な時期に雨が続き、僅かな望みを託した残りの実も収穫不可能となる。
新型コロナウイルスが猛威を振るう中、この一年は他の業務や畑の移動に伴う実務などに時間を費やさなければならず、他の様々な要因も重なり畑に集中できない日が続いていた。しかしそんな言い訳は自然には通用しない。農業は甘くない、そう痛感した。今のやり方を変えなければ。全てを捨てて畑に集中するか、他者の力を借りて進めるか―。
地元の農家の方からも厳しいお言葉を頂いていた。今回は収穫を心待ちにしてくれていた皆や一緒に畑を見てきた妻にも申し訳ない事をした。それに、親父と共にやってきた畑で最後の収穫が出来なかったのは自分のせいだ。
行き場のない数々の無念が渦巻いていた。
2022年5月28日。空は晴れ、汗ばむほどの陽気となった。人々が畑に集まる。以前の2.5倍に広がった新畑。一年掛かりで開墾してきた農地にいよいよ植樹を行う。
手には親父と共に育てたシャルドネのクローン苗。ワイナリーを見てみたい、生前にそう話した彼の夢を、此処にしっかりと根付かせる。
妻も親父の思いを残せた事を喜んでいた。また、彼女は今回初めて一から畑を見ていく事になる。獣害の可能性など心配事は尽きないが、新たなスタートに前向きな表情を浮かべていた。
今回は二名のプロの力を借りる事となった。一名は内田氏。クローンでの作苗という重要な役割を担って頂き、今回の植樹にも来て頂いた。もう一名は自然と共存する農業のプロ、村田氏。今後は彼と共に新たな農地を見ていくつもりだ。そして更に、ワインのクオリティを追求していきたい。
自分にとってワイン造りとは即ち「城陽」をワインで表現する事、自ら価値を創造する事だ。しかし本当に目指す場所はその遥か先にある。
100年続く産業を-。
実直に向き合っていけば、その産業はやがて人々に真に必要とされ、土地に根付き、人から人へ、過去から未来へと繋がっていくだろう。
「実直に向き合っていけば。」
シンプルで簡単に見える事ほど時に厳しい局面を迎える事がある。時代の流れや環境、情勢の変転に応じた僅かな変化も必要だ。けれど中軸となる部分を変えてしまっては真価を損なう事になる。その中での判断を、平衡を保ちながらただひたすらに、実直に重ねていく。
自分がこの世に存在する限り、それらは証明できない定理の様に堂々巡りを続ける。後世に残したものこそが自分の生きた証になり得るからだ。
やがて時を超え、集団的知性を包括する何か(虚偽や真理を超えた森羅万象の賛歌)が姿を現す。それは輪郭が曖昧な古代の生物の様でいて、人智を超えた機能を搭載する人工知能の様でもある。その巨大な存在に、そっとアイデンティティの光が灯る瞬間。それを見届ける事は出来ないが、創造する事は出来る筈だ。
謹厳実直。しかし同時に、表現の場としては余計な力を抜く事も必要だ。アートやスポーツにしてもそうだろう。程よい弛緩、余白、あるいはリダクション。生業と業余の間の感覚でこそ己の才幹を最大限に発揮出来るものでは無いか。この城陽ワイナリー計画においても、他事業との兼ね合いの中でそれが実行可能な環境が整いつつあった。
蓄積した疲労からか、何時の間にか微睡んでいた。遠くでぼんやりと陽炎が手招いている。それは母親の胎内の様な温もりに満ち、広大な宇宙をも包み込む無限の愛と優しさに溢れている。ふと、何かが頭の中に引っ掛かる。何かとても重要な事を思い出せそうな気がする。遠くから自分を呼ぶ声。完全に忘れてはいけない何か。私はそれを、忙しい日々の中で置き去りにしてきたのかもしれない。
バチン!何かが弾ける音と共に陽炎が一瞬躍動し、姿を変えた。
そうだ、あの巨大な生物の名は-。