【蔓の城】城陽ワイナリー計画 2018 収穫~醸造〈実話〉

 この物語は城陽でのワイナリー設立という一大プロジェクトを自ら手がける松本真氏を記者が追い、記者の主観で描いていく現在進行中のストーリーである。

 2018年9月1日午前8時、雨雲の立ち込めるブドウ畑に鈴虫の羽音が怪しげに響き渡っていた。時折近くを通る通勤電車が不協和音を醸し出している。畑の真ん中で空を仰いでいるのはあの男。6月に「THE MATSUMOTO KITCHEN」をオープンしたばかりの松本真氏である。

ふと、今夏の西日本豪雨を思い起こすー。ブドウ作りがいかに繊細なものかを思い知らされた苦い年であった。シェフとしての仕事にも手を抜けない彼にとって、毎日ブドウ畑を見に行く事は不可能に近かった。

何かがおかしいー。ブドウの異変に気付くも豪雨で畑に行けない日が続く。連日降り続いた大雨の後ようやく畑を見に行くと、以前の青々とした畑の姿は一変、腐敗しかけた果実がうな垂れていた。想像を超えた深刻な事態に言葉も出ない。一房、二房…迷いながらもハサミを入れていく。地面に切り落とされた房の中にはまだ若葉の様に澄んだ果実がいくつも覗く。が、背に腹は変えられない。残った房に希望を託した。

「松本さーん!お早うございます。」降り始めた雨の中、続々と人が集まる。「あぁ、今日は有難うございます。雨なんでさっさと終わらせちゃいましょう。」得意の笑顔を作るが、皆に雨中の作業を強いる事となってしまい心苦しい。

しかし嫌な顔をする者は一人として居なかった。思えば彼の動く先々で仲間、家族、諸先輩方が助勢してくれている。その厚意に深謝している松本氏には人を惹き付ける魅力があるのだろう。皆雨など気にしない様子でハサミを手に、蔓の方へ向かって行った。

収穫作業は長くはかからなかった。せいぜい20kg程度だろうか、それでも予想よりはましだった。当たりの房も見受けられる。さっそく彼のレストランにブドウを運び込み、傷んだ実を一つひとつ取り除いていく。雨から逃れ、気分も幾ばくか清々しい。

どの様な結果になろうと事実を有るがままに受け入れるのは松本氏の長所である。今回のブドウの病気や長雨にも真正面から向き合った彼にとって、2018年は意義のある年となった。今後どの様に改善し、起こり得る困難をいかに回避していくか。想像する未来は平坦ではないが、彼の夢と共に美しく光彩を放ち続けている。

ブドウを積み込んだ車が昼過ぎに到着したのは和歌山県有田市にある「和歌山ワイナリー」。松本氏の友人でありビジネスパートナーである加賀山氏がいつもの爽やかな笑顔で彼を迎え入れる。

加賀山氏にはこれまでも専門分野でのアドバイスを求めたり、またこちらが指導するなどお互いを評価し高め合ってきた。このプロジェクトの中でワイン作りを加賀山氏に任せたいと願うのも当然の流れである。夢を実現させるその時にも彼と良い関係を築いていたい、そう願う松本氏の横顔には穏やかな笑みが宿っていた。

分厚い扉を開けると全身がひんやりとした空気に包まれた。ブドウを中に運び入れ、いよいよ圧搾作業を開始する。加賀山氏と二人、小さな果実を軽く手で潰しながら圧搾機に入れていく。蓋を閉め、水圧で中のバルーンを膨らませる。じわじわとブドウに迫るバルーンの気配に期待と緊張が交錯する。つい先ほどまで冗談を言い合っていた彼らの間にも暫し硬質な静けさが横たわるー。

ブドウに圧が加えられメーターが上がると共に、フレッシュな果汁が外に溢れ出した。

絞ったばかりの果汁を透明なワイングラスに入れるとシャルドネの生命感が直に伝わってくる様だ。軽快に誘うようなフルーティな香り。口に含んだ瞬間、偽りの無い何かが本能に語りかけてきた。美味しい…。チャーミングな甘味が印象的だ。酸もしっかり残っている。去年の物より一層爽やかで、しっかりとした甘味が生きている。

今年は樽詰めにして樽香をつけると決めていた。通気性のある木樽の中で発酵、熟成させ、よりワインに複雑さ、重厚さを持たせる。樽に入りきらない分は寝かせた後ガラス瓶に詰める。味や香りがどう異なるか、それもまた楽しみだ。

スムーズな発酵を促す為、酵母として同じシャルドネ種を予め自然に発酵させたもの―「酒母」と呼ばれる―を加える事にした。発酵途中で他の菌が増殖すると腐敗につながるが、酒母を加える事でより確実に健全なワインに仕上げられるという。人間がワインの発酵に手を貸せる唯一の手段だそうだ。

作業を繰り返す中で嬉々としてワインと向き合う加賀山氏の姿を見て、松本氏も笑みがこぼれる。大阪・羽曳野やフランスで修行してきた加賀山氏は本当にワインが好きな男である。そんな彼が手を掛けているブドウ畑が近くにあるというので車で見に行く事にした。

山々の斜面に蜜柑が並んで植わっている。城陽では見受けられない光景だ。別世界の様な山村風景の中に車を進める。少し登ったところに突如としてブドウ畑が現われた。この広さと急勾配では雑草処理だけでも相当骨が折れそうだ。遮二無二働く加賀山氏の姿を想像し、また自分と重ね合わせては様々な思いが浮かび消えていく。気持ちは既に来年の畑作りに向いていた。

◆【蔓の城】城陽ワイナリー計画の記事
2014 プロジェクト始動~2017

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