「からくり時計」に「移動図書館」、「テレホンサービス」も!平成元年の宇治市を振り返る。

「平成」が終わろうとしている今、「平成元年」(1989年)の宇治市がどんな感じだったのかを振り返ってみたいと思います。(資料元:宇治市「市政だより」第833号~第867号)

1989年1月7日に昭和天皇が崩御された事に対し、宇治市の「池本正夫市長」はその日行われた消防出初め式で弔意を述べられました。そして1月8日から「平成」が始まります。

「平成元年」にはJR宇治駅前に「市営有料自転車等駐車場」や京都国体記念モニュメントの「からくり時計」が完成。「西小倉浄水場」も完成しました。さらに「植物公園(フラワーセンター)計画」が進行し、「紫式部文学賞」の創設が決定。

JR宇治駅前のからくり時計の写真
JR宇治駅前のからくり時計

昭和44年から巡回していた移動図書館「そよかぜ号」はこの年、3台目の新車に。「中央図書館」、「文化センター」は開館5周年を迎えました。そうそう、当時の宇治市役所には「プレハブ庁舎」がありましたね。

ちなみに人口は宇治市が誕生した昭和26年と比べて「4.5倍以上」に増加。すごい勢いですね!(平成30年12月1日現在、そこからさらに1万人以上増加しています。)

市内の小学5~6年生にアンケート調査でおこづかいの使い道をたずねると、おやつ、雑誌、まんが、プラモデルなどのほか「ファミコン」も人気が高く、男子の約80%が自分の物を持っていた様です。

宇治市が貸し出しサービスを行っていたビデオテープは「VHS」。市内で「ワープロ」の講習会なんかも行われていました。もちろんインターネットは普及していないので、たとえば太陽が丘でイベントが開催されると「雨模様の時は、テレホンサービスでお問い合わせください。」ということに。

VHSの写真
VHS

あと、調べてみるとなぜか市内で「インディアカ」(ピンポンパン)という(バドミントンとバレーボールを足して2で割った様な)スポーツが割りとよく行われていたのが気になりました。流行っていたのかな?

その頃日本はすでに「高齢化社会」だと言われていましたが、当時の「お年寄り」は「60歳以上」だという感覚だった様です。(そうだったかも!)今では「人生100年時代」なんて言われていますが、その頃は「今や人生80年という長寿社会!」という感覚。20年もの差が生まれているんですね。(1人の人が成人できる年数!)

また、当時は全国的に「雑誌広告などの通信販売」による契約トラブルが多く、「きれいになりたい」「恋人が欲しい」「背が高くなりたい」など思春期の心理をついたものが横行していました。「コードレス電話機」を買うときにはマークを確かめて買わないと「混信したり」、なんと「他人の電話料金が加算された」というトラブルも。

宇治市の消費生活モニター店頭価格調査ではおしょうゆの代表として「キッコーマン」、小麦粉の代表として「日清」、おみその代表として「タケヤミソ」の商品を調査対象としていました。「キッコーマン」、「日清」、「タケヤミソ」は今も変わらず人気なのがすごいですね!

さてさて、次の時代はどうなるのでしょうか?新しい年号も気になりますよね。山城地域全体として見ても大きな動きがありそうなので、今からとっても楽しみです!

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