ここに1本のクラフトビールがある。今回の特集記事では、「城陽プラムフォレストエール」と名付けられたこの梅ビールの誕生ストーリー、そしてビール造りを通してまちに賑わいをと奮闘する中川憲一氏に迫る。
中川氏は城陽の老舗和菓子店「御菓子司 松屋」、そして松屋が2017年に立ち上げた新ブランド「旅籠屋 利兵衛」を忙しく動き回る日々だ。
和菓子の伝統を守りつつ、既成の枠にとらわれず時代のニーズに合わせて変化し続ける。そんな彼を見ていると「人々を喜ばせたい」という純粋な思いが伝わってくる。柔らかい笑顔と人当たりの良さ、面倒見の良さが印象的な男である。人の為、地域の為に持ち前の行動力で仲間を巻き込みムーヴメントを起こす。そんな事は彼にとって日常茶飯事なのかもしれない。
もう4年以上前になるだろうか。中川氏にこんな話が舞い込んだ。「梅酒を作った後に残る梅を活用できないか。」城陽酒造(株)島本社長からの相談である。城陽酒造は青谷特産の梅「城州白」を用い、こだわりの梅酒を造っている。その上質な梅を廃棄するのは余りに勿体無い。
和菓子屋の商品として何とか活用できないか、試行錯誤が始まった。しかしアルコール分が高く種の入った梅を菓子として扱うには様々な問題があった。何か良いアイディアはないものか―。
そこで難点を逆手に取って考えてみた。「そうだ、この梅でクラフトビールを造ってみてはどうだろう。」和菓子屋がビールを造るという思い切った策。和菓子一択に限定するより、結果として皆が喜んでくれる物にしたい。そんな彼の思いが新たな扉を開いた。
その後は日々の仕事を行いながらも、梅ビールの可能性を追求するため三重県、徳島県など山中の酒蔵を巡った。世の中には様々な素材を使ったクラフトビールがある。やはり城州白を使ったビールは試す価値が有りそうだ。
ふと世間を見渡すと、クラフトビールブーム。タイミングも味方した。この流れに乗れたら面白い。
中川氏が目指したのは女性好みのビールだった。女性の心をつかむ物が男性にも響く事はよくある。ビールが苦手な人にも楽しんでもらいたい。飲みやすく、イタリアンやフレンチなど何にでも合う食前酒の様な位置付けになればと考えた。
風味はすでに日本人に慣れ親しまれている梅酒をベースに考え、甘みと酸味のバランスを整えていく事にした。さらに梅とビールのベストバランスを探っていく―。
2019年春にはピルスナー(日本人に馴染みのあるタイプ)とヴァイツェン(ドイツの伝統的なビール)の2種類を試してみた。ピルスナーは爽やかで飲みやすいが、何処か少し物足りない。梅がより引き立っているのはヴァイツェンの方だった。梅酒の様な風味も楽しめ、全体のバランスもより良い。周りの人たちの意見を参考に、ヴァイツェンを採用する事にした。
島本社長やまちの人達の喜ぶ顔が見たい、城陽市の新たな特産品としてまちの活性化にもつながれば…様々な思いが頭に浮かぶ。
8月には宇治橋通り商店街で開催された「クラフトビール夜市」で一般向けに試飲を行った。フルーティーで苦さひかえめ、そして「シャンパンの様だ」と形容する人もいるほど上品で飲みやすく、女性にも好まれた。
しかしここでもまだ満足せず、その後も周囲の意見を参考に改良し、梅感を更にアップさせた。
「こだわらないのがこだわり」と話す中川氏。シンプルながら、実は奥深いセオリーだ。人には先入観や思い込み、好みや考えの偏りがある。フラットに他人の意見を聞き客観的に判断するというのは案外難しいものである。
こうして「城陽プラムフォレストエール」(600円 税別/330ml・発泡酒)が出来上がり、10月上旬、いよいよ販売開始となった。
ラベルは女性による複数のデザインの中から一般の方々に投票してもらい、梅の花がモチーフの紅白2種類に決定した。店頭に並べると「可愛らしい」など評判も上々。こうやって周りの人達を巻き込み一緒に工程を楽しむ事で、このビールに関心を持つ人がさらに増えた。ビール造りを通してまちを活性化させたいと願う中川氏に共感する人も多いだろう。
「ご縁の中で物が出来る」と中川氏は語る。様々な意見をくれた周囲の人たちは勿論、地ビール会社の積極的な協力のお陰で7回、8回…と何度も試作を重ねる事が出来、想像以上の物に仕上がったのだと言う。
もちろん中川氏の行動力が無ければ、そういった縁も生まれなかっただろう。人、スピード、行動力。そのどれが欠けても中川氏を完璧に形容する事は出来ない。
10月6日、縣神社で行われた「やまぶき市」でも販売を行った。最近、「可愛らしい」「美味しい」など安定して同じような意見が聞かれる。こちらが期待している通りの答えが返ってくるのだ。自信が確信に変わる瞬間だった。
さらに同月、同じく宇治市内で行われたイベント「市場吞み」で販売したところすぐに売り切れ、途中で追加する事となった。飲んだ人達は「梅がビールに負けていないマストバランス」「『城陽の梅を使ったビール』とは良いところに目をつけたな、という感じ」などと話した。中には「ビールは好きじゃないのに、これは梅の香りが良くてつい飲んでしまう」という女性の嬉しい声も。
こうして予想を上回る人気となり、2週間ほどで500本が完売した。11月24日(日)からは「旅籠屋利兵衛」で追加販売予定だが、既に予約も入っているという。同日開催の「山背彩りの市2019」では女性も気軽に楽しめる立ち飲みバースタイルで提供する予定だ。「女性が気軽にお酒を楽しめる場がこの地域にもっと増えれば。」そんな思いと共に、未来への行動は既に始まっている。
「将来的にはビール祭のような事をしたい。」そう語る中川氏の目は少年の輝きに満ちている。人々が力を合わせ、色んな垣根を越えた大きい規模のイベントに―。夢は膨らむ。記念すべき令和元年、城陽のまちに特産の梅「城州白」×ビールという新風を吹き込んだ彼は、今後もまちの未来を照らす存在として走り続けていく事だろう。
- 【旅籠屋 利兵衛 店舗情報】
- 住所 京都府城陽市寺田東の口44-54
- 電話 0774-57-5711
- 定休日 火曜・不定休
- 営業時間 10:00~18:00 (17:30 L.O.)
- ※必ず手に入れたい場合は早めに予約または購入を。
- ※11月24日(日)から追加販売開始予定
- 駐車場 有
- 店内禁煙
- ベビーカーでの来店 可
- 車いすでの来店 可
- HPはこちら
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