京都宇治で今注目のスポット、宇治橋通り商店街「大阪屋マーケット」。現在大幅リニューアル中で今後も飲食店など様々な店舗が入る予定となっている。
その入り口に、本場のナポリピッツァが味わえる「Antica Pizzeria L’ASINELLO / アンティカ ピッツェリア ラジネッロ」が2019年11月オープンした。
こちらの店、何と世界二位のピッツァイオーロ(※1)、大削恭介氏のピッツェリアなのである。今回はそんなピッツェリアと大削氏の魅力に迫る。
※1 イタリア語で「ピッツァ職人」。
目次
本場ナポリの薪窯で焼き上げる最高の一枚を。
「あぁ、今日もよく働いた。旨いピッツァでも食おうぜ。」仕事を終えたナポリの人々がそんな事を言い合いながら、一日の終わりに仲間と集う。「Antica Pizzeria L’ASINELLO」はそんな想像が膨らむピッツェリアだ。
厨房では大きな薪窯が口を開け、中で炎を揺らめかせている。この窯を造る為、ナポリから敏腕職人を呼び寄せた店一番のこだわりだ。
勿論、職人自ら何処にでも出向いてくれる訳ではない。何しろ素晴らしい技術を持った職人達である。貴重な時間を後継者の育成などにも充てなければいけない。職人のプライドもあるだろう。何故わざわざ日本まで行く必要が有るのか、そう彼らが考えるのも当然だった。
しかし大削氏は一歩も引かず、どうしても来て欲しいと頼み込んだ。経験上、窯によってピッツァのクオリティが変わる事を知っていたからだ。自分が納得出来ない事はやりたくない。そんな熱い思いを必死で伝えたところ、最後は彼らも納得してくれた。熱意が伝わり、そういう事ならと引き受けてくれたのだ。
窯には店名の「L’ASINELLO」の文字が施されている。イタリア語で「ロバ」。ロバは古くから荷物の運搬やチーズ作りにも使われてきた、ナポリの人々に親しみのある動物だ。そんなロバを店名にする案を、大削氏はイタリア留学時代の約10年前から温め続けてきた。ナポリへの親しみと敬愛を感じるこの店名に、窯職人も「センスがあるな」と頷いた。
どこか通じ合うものがあったのかもしれない。出来上がった窯には「L’ASINELLO」の下にナポリの方言でロバを表す「O’CIUCC’」の文字があった。職人からの粋なサプライズだ。「ロバを店名にしたのはセンスが良いが、ナポリ弁にしなかったのがまだまだだな」とにやり。
窯は完成から約1か月の間は亀裂が入りやすい為、徐々に温度を上げていく作業が必要だった。最初は少しずつ上げていき、その後は実際にピッツァを焼く約485度まで上げる時間を増やしていく。
ようやく状態の整った窯を使ってみると、その凄さを実感した。やはり本場の職人に来てもらって良かった。そう強く感じた。
―さて、この薪窯のお陰で客である我々も本場の恩恵にあずかる事が出来るのだから、有難い事この上ない。美食のまちナポリに思いを馳せながらかぶりつく、最高の一枚。アツアツのピッツァを思い切り堪能しよう。今回は数あるメニューの中からピッツァ三種、前菜一種をご紹介する。
世界レベルのピッツァを堪能
1 Margherita con Bufala 【水牛モッツァレッラのマルゲリータ】 (1,800円 税込)
大削氏曰く、「初めての方にまず試していただきたいのがマルゲリータ」、何故ならナポリピッツァの代表格であるマルゲリータは自然、最も気合の入る「自分が一番追求すべきピッツァ」なのだと言う。
アツアツの生地にかぶりつくと、とろけるチーズやトマトの旨味がジュワッと溢れ出す。爽やかなバジリコの香りと調和して思わず全力で「最高!」と叫びたくなる美味しさだ。
どこか気品漂うトマトソースは存在感はあるが主張し過ぎる事はなく、濃厚でクリーミィな水牛モッツァレッラを絶妙に引き立てている。弾けるバジリコの香りに更に食欲が刺激され、食べ始めたら止まらない。生地はむっちり、コルニチョーネ(※2)はサクッと香ばしい。定番だからこそ感動のある一枚だ。
※2 ピッツァの縁の部分。額縁。
26 L’ASINELLO 【ラジネッロ】 (2,000円 税込)
薪窯やテーブルクロスの緑色が目を引く「L’ASINELLO」の店内。大削氏は店が完成する前からイメージを膨らませ、ズッキーニペーストの緑を活かしたピッツァを考案していた。ナポリのトレンドとイタリアの伝統料理ポルケッタ(※3)を掛け合わせた一枚だ。
一口ほおばると贅沢な旨味が口中にほとばしり、衝撃的な美味しさに打ちのめされる。
ジューシーな豚肉、フレッシュなズッキーニ、まろやかなモッツァレッラ、香り立つバジリコ…それぞれが活き活きと輝くように感じられ、まるで互いを讃え合う様にみずみずしい旨味と香りを次々に口に放っては絡まり合い、更に味わいを増していく。
そんなゴージャスな風味には、小麦の香りがまた良く合う。アツアツの生地は口でとろけ、ぷっくりと膨らんだコルニチョーネは、たまらない香ばしさと粉の風味をたっぷりと蓄えている。美味しさの余韻は、この日暫く続いていた。
※3 イタリアの風味豊かなローストポーク。
Bosco【ボスコ】(2,200円 税込)
こちらは「本日のオススメ」メニューから。大削氏が「次の大会はこのピッツァで勝負したい」と現在考えている自信作だ。大会では味が良くても単なる創作ピッツァでは通用しない。トレンドと伝統を融合させ、見る人が見ればあくまで「ナポリピッツァ」である必要がある。
そこで大削氏が目を付けたのが希少価値の高い背脂の生ハム、ラルドだった。奥深い味わいのラルドに自ら燻製した水牛モッツァレッラや5種のキノコなどを絶妙に組み合わせる。モッツァレッラはフレッシュ感や溶け方を計算し、焼く途中で加える。仕上げに散らすのは砕いた胡桃。豪快且つ繊細に計算された一枚だ。
その贅沢な味わいに、一口で虜になった。濃厚で重厚感のあるラルドの味わいがキノコ特有の風味、燻製モッツァレッラ、香ばしい胡桃、鼻に抜けるバジリコの香りと複雑に絡み合い、一体となってぶわっと広がる。その瞬間、まるで新しい扉が開かれ、一気に視界が開けた気分になったのである。
Caprese(カプレーゼ)【厳選トマトと水牛モッツァレッラ】(1,500円 税込)
ナイフを入れると程よい弾力を感じる。みずみずしい輝きを放つモッツァレッラを口へ運ぶと、ほのかな甘みとミルキィなコク、上品な爽やかさに包まれた。トマトは驚くほど甘く、熟した果実を思わせる。
そんなリッチな組み合わせの妙に、バジリコの香りが華を添える。まろやかなオリーブオイルがとろりと全体をまとめ上げ、何とも幸せな気分だ。
濃厚な甘味に心地よい酸味、旨味のあるコクに軽やかな塩気…一口ごとに甘美な感動が静かに広がっていく。フレッシュモッツァレッラ、トマトの両方にこだわった何とも贅沢なカプレーゼだ。
ピッツァのメニューは定番だけでも36種類。衝撃か、感動か。次はどんなピッツァに出会えるのだろうと、メニューを眺めているだけで胸が高鳴る。
ここからはそんな至極のピッツァを焼き上げるピッツァイオーロ、大削恭介氏の軌跡を辿る。
(価格、メニューの内容等は2020年3月13日時点のものです。)
ナポリ、東京、そして地元宇治へ
ピアノ、水泳、サッカー。子供の頃から一つの事を長く続けられる性格だった。目に見えて上達するのが楽しくて、色んな事に夢中になった。
ピッツァもまた同じ事。出来ない事があると悔しくて頑張る。すると技術が上がり、また違う課題が見えてくる。その繰り返しで上達し、飽きる事はない―。
ピッツァの面白さに目覚めた大削氏は、AVPN(真のナポリピッツァ協会)認定店をひたすら食べ歩いた。時にはそこで出会うオーナーと会話などもする。そんな中、ピッツァへの思いはどんどん膨らんでいった。中途半端は嫌だった。やるからには本場を見てみたい、そんな思いで単身ナポリへ。
イタリア語は当時、単語を知っている程度だった。だがそんな事は関係ない。何としても本場のピッツェリアで修行したかった。
店に断られても何度も頼み込み、遂に食材の下処理を許された。何をどう仕込めば良いかは大体分かっていた。わずかなチャンスだ。とにかく誠実に、丁寧に素早く作業した。
次回店に行くと、エプロンが用意されていた。腕が認められたのだ。
結果、そのオーナーの人望により計4店舗で経験を積み、全ての工程をひと通りナポリで学ぶ事となった。滅多にない特別待遇だ。彼が大削氏にとっての「ナポリの師匠」となった。
ナポリでは毎日死ぬ気で働いた。とにかく数をこなさなければいけない。一日に何百枚ものピッツァを焼き上げる店の中で、技術もぐんぐん上がっていった。
そこは店での経験年数にかかわらず、実力が評価される世界だった。熟練の職人は勿論、若者でも尊敬すべき職人に出会える。何せナポリでは5歳前後の年齢からピッツァを志す者もいるのだ。
様々な職人と出会う中で、「すごい職人ほどシンプルにやっている」と気付いた。
そして今も、自分の原点はそこにある。
日本に帰ってきてからは東京の有名店「ピッツェリアGG」で働いた。「本場ナポリの味・価格・スタイルで」がコンセプトの店だ。ピッツァイオーロ全員がナポリで修行してきた強者揃い。大会で賞を取るなどトップクラスの者ばかりである。
学んできた事は各々異なり、一人ひとりが自分自身の経験を活かし、存分に能力を発揮していた。互いに刺激し合い、高め合う。素晴らしい環境だ。
東京で働きながらずっと考えている事があった。「地元の宇治で店を持ちたい。」
ついに心を決め、オーナーに話をした。別の場所でやってみないかと提案されたが、やはりどうしても宇治で勝負したい。自信もあった。結果としてオーナーの意見と異なる決断をしなければならなかった。
長く働いた店。「彼らがいるから今の自分がいる。」そう言い切れる程、オーナーや仲間達を今もリスペクトしている。
そして2019年11月30日、いよいよ「Antica Pizzeria L’ASINELLO」がオープン。スタッフにも恵まれ、沢山のメニューを揃える事が出来た。店の前には開店前から行列が出来ていた。多くの人が心待ちにしていたのだ。
かつてひたすら食べ歩いたAVPN認定店。この店をいつか京都で第一号の認定店に出来れば素晴らしいと思う。
その日の夜、オーナーが来てくれた。思わぬサプライズに安堵と感謝。嬉しいスタートとなった。
挑戦と進化の系譜
大削氏はナポリでの修行時代を振り返り、「あそこまで強い気持ちを持って何かに取り組んだ事はない」と語った。そこでしか見られない職人技術、本場の感覚や香りなど、五感を使って様々な事を学んだ。今もその時の感覚が残っている。そして現在、それを自分もピッツァに表現できていると確信している。
ピッツァは生地の発酵がモノを言う。生地の温度が低いと気泡ができ、高いと焦げ過ぎる。その為、季節ごとの水温や生地の温度等は記録に残してデータをとる。生地を練るタイミングはその日の最低気温、最高気温から店が混み合う時間帯までを計算に入れて判断する。全ては最高の状態で窯に入れ、美味しいピッツァを提供する為だ。
生地の伸ばし方は職人によって異なる。大削氏のこだわりは「いかに触らないか」だと言う。生地を上手く膨らませる為、指からの圧力は最小限に留め、生地に空気を残す。同時に、コルニチョーネの膨らみを均一にする為しっかりと伸ばす。相当難易度の高そうな職人技だ。
窯内部の床と上部の温度のコンディションが焼き上がりを左右する為、窯は事前にしっかり火入れを行う。
窯の入り口に拳をかざし、温度を肌で感じる。経験に培われた感覚でタイミングを計り、生地を中に差し入れる。ここからは僅か1~2分勝負だ。窯に集中し目で確認しながら作業するうち、香ばしい香りが漂い始める。真剣に窯を覗き込む大削氏の姿は窯と対話している様に見えた。
生地の発酵と窯の温度、この二点が揃う事で表面はサクッ、中はもちっとした魅惑の食感が生まれる。経験のある職人ならではの達人技だ。
ピッツァの温度はすぐに下がってしまう為、お客さんには是非アツアツの一番美味しい瞬間を味わっていただきたい。そう話す大削氏が最初の一口にかける思いは強い。その為に全てをかけ、何時間も前から勝負しているのだ。
美味しいナポリピッツァを味わうのは、ナポリの雰囲気たっぷりの空間で。常に真剣勝負でありながら、時にはスタッフの笑い声が響く店内。ナポリさながらの情熱と陽気さは、出来立てピッツァの極上のスパイスになる事だろう。
そんな大削氏のひたむきな情熱と地道な努力は確かな技術となり、高く評価されている。
「CAPUTO CUP 2019」ではクラシカ部門で第三位、S.T.G.部門で第二位の成績を収め、「AVPNナポリピッツァオリンピアディ2019」では日本代表選考第一位、そして何と世界第二位の快挙を成し遂げた。自分に言い訳が出来ない状況に自身を追い込み、努力からの自信をもとに「取りに行った」のである。
大会には今後も出続け、出来る限り上位であり続けたいと意気込む。大会は自分の現在地を確認できる場。そして何より、賞に関係なく「刺激しかない」場だと言う。挑戦する事で更にレベルが上がり、モチベーションも高まる。大会を通してピッツァの道を追求したい。そして今後「ピッツェリアGG」から出てくるであろう若き職人達にも刺激を与えなければいけない。
大削氏は今日もナポリのトレンドに目を光らせ、熱い思いと共にただ真っ直ぐに、ピッツァと向き合い続けている。彼の進化は止まらない。
(イタリア、「ピッツェリアGG」での写真は大削氏から提供)
Antica Pizzeria L’ASINELLO / アンティカ ピッツェリア ラジネッロ 店舗情報
- 住所 京都府宇治市宇治妙楽41 大阪屋マーケット内
- 電話 0774-74-8358
- 定休日 不定休
※定休日など最新の情報はInstagramでご確認ください。 - 営業時間
- 11:30~15:00(14:30 L.O.)
- 17:30~21:00(20:30 L.O.)
- 近隣にコインパーキング有
- 禁煙
- ベビーカー・車いすでの来店 可
- 貸切 可(土日以外)
- テイクアウト 有
- (店舗情報は2023年8月20日時点のものです。)
アクセス
(京都府宇治市宇治妙楽41 大阪屋マーケット内)
行き方は次の通り
JR宇治駅から「中村藤吉」に向かって左折。
「宇治橋通り商店街」を宇治川方面へしばらく進むと、右手に「大阪屋マーケット」が見えてきます。
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